小学生の頃、遠足で動物園に行ったという人は多いと思います。でも、動物園で勉強したという記憶がある人は少ないのではないでしょうか。動物園は今、自らの役割を「自然保護(種の保存)」と「環境教育」であると位置づけています。環境教育に限らず、様々な教育が動物園で重視されつつあることは確かです。動物園とは、教育施設なのでしょうか。どのような学習ができる場所なのでしょうか。アメリカ合衆国は、この分野では先進国であるとされています。そこで、アメリカのいくつかの動物園をまわって、どんなことをしているのかのぞいてきました。その一部を皆さんにご紹介しましょう。
■ディズニー・アニマルキングダム
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ディズニー・アニマルキングダム
トカゲの解説。解説が終わるとまわりの子供に触れさせる。 |
フロリダ州にあるディズニー・アニマルキングダムは、ウォルト・ディズニー・ワールドの中にある一つのテーマパークです。3-D映画や、激しい乗り物といったアトラクションと一緒に、広大な敷地で多くの野生動物が飼育されています。雰囲気を重視し、臨場感たっぷりに野生動物を見られることが売り物となっています。ほとんどの人が楽しみを求めてやって来るテーマパークで、教育活動は受け入れられるのでしょうか。その答えは、いかに楽しませながら情報を伝えるかという手段を検討することにありました。
まず、非常に多くのハンドリングアニマル(来園者に触れさせることのできる動物)を用いています。野生動物に触れてみたいという気持ちは誰しも持っているようです。そこにつけ込んで?飼育担当者が連れている動物に群らがってきた人たちを対象に、担当者が動物の生態や生息地についてといった「教育的」な話をしています。また、アトラクションの一環として、動物園の裏側を見せています。動物の餌の調理や動物病院での治療の様子などが、ガラス越しで来園者に見えるようになっています。動物園の業務を見てもらい、動物園の働きを理解してもらうことも教育であるという考え方です。動物園の裏側を見せる試みは、大変人気があるようでした。このような内容のプログラムは、時間と状況によって見ることのできるものが変わります。「楽しい夢の世界」として人を集めるテーマパークでは、このような来る度に少しずつ違っている楽しい内容の教育プログラムに力を入れているようです。
■ブルックフィールド動物園
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| ファミリー・プレイ・ズーにある温室。 植物に水をやる楽しさを体験する。 |
大都会シカゴの近郊にあるブルックフィールド動物園は、都市型大型動物園の一つです。最近、ここにファミリー・プレイ・ズーという、10歳以下を対象とした新しい施設ができました。子供が何か自然を感じながら、どろんこになって遊べるような場所を提供することがこの施設の目的です。「やってはダメ」と禁止することをできるだけなくし、自分のやりたいこと、好きなことを自由に選んで、それができる場所を提供しています。ここでは「科学的な知識を教える」という考え方を捨てて、「感じる」「行動する」ことを重視しています。動物園の園長や飼育係、獣医になって、ごっこ遊びができるコーナーがあります。様々なコスチュームを身につけたり、フェイスペイントをしたりできるコーナーもあります。温室で草花に水をやる体験もできます。夏には水遊びができるように流れに水を流します。かくれんぼができる植え込みや砂場、探検ごっこにも使える棒や紐も用意してあります。この動物園には、家畜中心で動物との触れ合いを重視した従来型の子供動物園もあります。ファミリー・プレイ・ズーは、その発想も内容も動物園というよりは子供博物館に似ていると感じました。
ブルックフィールド動物園の試みで、もう一つ興味を持ったのはインターネットホームページの積極的な利用です。幼児から高校生まで、学校の授業の教材として利用できるような多数のプログラムがホームページ上に用意されています。各学年の学習指導要領に沿った内容となっています。インターネットを用いることで、動物園までの距離に関係なく、低コストで多数を対象とした効率よい情報の提供が可能となります。現在のインターネット普及率を考えると、今後ますます重要な教育ツールとなることは確かだと思います。
■デンバー動物園
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W.I.N.-W.I.N.プログラムで訪れた小学校の教室。
(生徒は撮影してはいけなかった。) |
ロッキー山脈の麓にあるデンバー動物園は町中にある動物園です。ここでは、デンバー動物園とコロラド州野生生物局が中心となって、W.I.N.-W.I.N.プログラムを実施しています。これは、「野生動物に関連することを学ぶ機会を持つことで、野生動物やその生息地に敬意を払い、また保全する考え方を育てること」を目的とした環境教育事業です。予算は宝くじの利益によって賄われています。デンバー近郊の学校を対象として、主に出張授業を行っています。学年ごとにいくつかのテーマに沿ったプログラムが用意されており、それぞれの学年の学習指導要領をカバーする内容となっています。対象となる学校の生徒は、在学中に必ず一度はこの出張授業を受けられることになっています。同じクラスを対象に、繰り返し4〜7回の授業が行われるので、スタッフと生徒がお互い顔見知りとなり、よりきめ細かく、より深い内容の授業ができるようです。参加型のプログラムが多く、エルクの角の各部位を計測することで年齢を推定するシュミレーションを行い研究者の活動を学ぶもの、環境に関する人形劇(環境を保全しないと自分たちにその結果が反映されるという主題)を自分たちで演じてみるもの、など様々な内容です。高学年になるほど、環境について考える要素が多くなるようにつくられています。
アメリカの動物園で行われている、教育プログラムをほんの少し見ていただいたわけですが、手段や情報の質、量に違いがあれ、いずれのプログラムも野生動物やその生息環境について、さらに自分の身の回りの環境についてなど、何らかの情報をより積極的に提供し、考える機会を与えようとしています。一部のプログラムが「教育」という従来の概念に当てはまりにくいと考える方もいらっしゃるでしょうが、私はこれらの取り組みを持って、動物園は教育施設といえると考えています。今回ご紹介したような教育プログラムの実行には、多大な労力が要求されることは確かです。アメリカではその労力を何らかの形で確保して、教育プログラムを実行している施設がたくさんあります。その姿勢が、この分野の先進国と呼べるゆえんであるのかも知れません。
日本の動物園も労力の確保という点ではまだアメリカの動物園に及んでいないところが多いですが、取り組み方については最近かなり差を縮めてきたのではないかと考えています。動物園での教育プログラムを、皆さんにとってもっと身近なものにしていかなければなりませんね。
(飼育課:高見一利)
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