サルの「ことば」に耳を傾ける
私は京都大学霊長類研究所というところで研究生活を送っている大学院生です。霊長類というのはサルの仲間のことで、世界遺産で有名な屋久島の森に住むニホンザルを相手にふだんは研究をしています。わたしは彼らの「なきごえ」を研究しています。
ニホンザルの鳴き声といえば「キーッ」とか「ウキーッ」といった悲鳴のような声を想像しがちでしょうが、屋久島のような野生のサルたちはもっと穏やかな声が普通です。彼らが頻繁に出している声は「クー」と響くクーコールと呼ばれる声です。屋久島の森の中に入れば「クー」と鳴きあう彼らの姿を耳にすることができます。あるサルがクーと鳴く。すると仲間のサルがクーと返事をする。森で食事をする間、移動する間、サルたちはこの「会話」を繰り返し、お互いの位置を確認しつづけています。こういった「会話」は人の会話とそっくりで返事の仕方など人間の会話の特徴を持っています。
わたしがニホンザルの声の研究をはじめたのは人間のことばの始まりに興味があったからです。サルの鳴き声からヒトのことばというとずいぶん隔たりがありますが、ヒトに近いサルを研究すればヒトのことばの始まりがわかるような気がしたのです。
かれこれ4年もサルの声を聞いて過ごしていますが、いろいろとサルの「会話」とヒトの会話が似ていたり違っていたりすることがわかってきました。ニホンザルを研究するということは、彼らの目線で彼らの生活を眺め、彼らの耳で彼らの「ことば」を聞く作業だといえるかもしれません。丹念に彼らのことばに耳を傾ければ、彼らの「会話」のルールも聞こえてきます。彼らの「会話」に耳を傾けることで、かれらの「こころ」を知ることも出来るようになるのかもしれません。彼らの「こころ」の風景が人間と同じものであるかはわかりませんが、彼らの心の風景を垣間見ることで人間も動物の一員なのだということを痛感せずにはいられない気がしてきます。
(こうだ ひろき)
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