![]() |
||||||||
国立情報学研究所・教授 藤山 秋佐夫 |
||||||||
あなたの体つきや顔だちは、だれかに似ていませんか?お父さん?お母さん?それとも兄弟?おじいさんやおばあさんかもしれません。おじさんやおばさんから、「うちの子の小さいときにそっくりやなー」なんて言われたことはありませんか?でも、チンパンジーに似ていると言われたらどうでしょう。あまりうれしくないかもしれません。でも、動物園でよく見て下さい(写真2.3)。手の使い方、体全体の作りなど、何となく似たところに気がつく人もいるでしょう。逆に、毛の生え方や歩き方など違うところが多いことにも気がつくと思います。 それでは次に別の生物、魚でも見てみましょう。水槽で飼っている魚でもいいですし、晩ご飯のお皿に乗っている魚でもいいです。あなたに似ていますか?魚と目のあった人がいるかもしれませんね。外国には、これが苦手な人も多いようです。英語には、「魚のような目つき」という表現がありますが、魚は人間と同じような目を持っていて、自分のまわりを見ているのは確かです。魚をお箸でつつくと骨が出てきますが、背骨の形は私たちの背骨とよく似た形をしています。今からおよそ数億年前、体の中にしっかりとした背骨という軸を持ち、高い運動能力を持った動物(魚類)が地球上に現れたことが、現在の私たちにつながる長い進化の歴史の中の一大イベントだったのです。 私たちの遥かに遠い祖先となった最初の原始生物は、長い時間をかけてさまざまな種類の生物へと形を変えながら地球上で生き続けたと考えられています。その大部分は地球の環境の変化や隕石の衝突、生物の間での生存競争などが原因となって絶滅し、わずかに化石としてその存在が残されているにすぎません。地球博で展示されているマンモスも、そうした生物種の一つです。それでは、生物にこのような多くの変化を引き起こす原因となったものは何でしょうか。環境の変化や他の生き物との生存競争だけでは、生物の体の作りに変化を起こすことはできません。最初にチンパンジーと人の間や、魚と人の間には似たところと違うところがあると書きましたが、何が生物の体の作り方を決めているのでしょうか。この質問に答えるためには、私たちの体がどうやって作られたかについて考えてみる必要があります。人だけでなく、すべての生物の体は大きさが1/100ミリメートル程度の細胞とよばれる袋のようなものからできていますが、もとはというと受精卵とよばれる1個の細胞が始まりです。人の場合だと、お母さんの作る卵子とお父さんの作る精子が一つになってできた受精卵が形を変えながら増え続け、筋肉の細胞や神経の細胞などに変化しながら複雑に組み合わさって私たちの体を作っていきます。そしてお父さんとお母さんは、おじいさんとおばあさんの精子と卵子から作られ、おじいさんとおばあさんは、ひいおじいさんとひいおばあさんの精子と卵子から…・・というように、時代をさかのぼることもできます。100年前、1000年前…あなたの先祖となる人はどこかにいたはずです。では、1万年前、10万年前、100万年前だとどうでしょう。やはり、あなたの先祖はどこかにいたに違いありません。でも、あなたの今の姿とはだいぶ違っていたことでしょう。人とチンパンジーは、数百万年前は同じ生物だったと考えられています。また、サルの仲間とは3000万年前頃には同じ先祖をもち、およそ3億年前にはすべてのほ乳類の先祖が一つの生物だったと考えられています。このように、遠い昔の先祖から次の先祖へ、そしてまた次の先祖へ、そして最後にあなたへとつながる共通のものがあります。それがDNA(ディー・エヌ・エイ)です。 さて、地球上に存在するほとんどすべての生物はDNAを共通に持っています。DNAは、人の場合だと長さが2メートルくらいの細長い物質で、それが一つ一つの細胞の中にきちんとたたまれて入っています(写真・は、細胞に特別な処理をして、DNAを顕微鏡で見えるようにしたものです)。DNAは、写真・のように2本の鎖がよじり合ったらせん形をしていますが、この形は地球上に存在するすべての生物で共通です。この中に、さまざまな生物を作るための部品となるタンパク質や、タンパク質を作るための製造装置の設計図が書き込まれているのです。私たちが先祖から延々と引き渡されていたのは、生命の設計図ともいえるDNAだったのです。 細胞が増えるときや、精子や卵子を作るときには、まずDNAのコピーを作り、それを子供の細胞に分けてやる必要があります。人のDNAには、文字に直すと約30億字もの大量の文字が書き込まれています。30億字というと直感的に分からないかもしれませんが、電話帳にすると、重ねて100メートルもの高さに積み上がる量になります。私たちのお腹の中にいる大腸菌のDNAに書かれている文字数が数百万字ですから、コピーといっても大変な作業であることは想像できると思います。私たちの細胞の中で働いているコピー機は、細胞が増えるたびに大量の文字を一文字一文字書き写していきます。コピー機とはいっても機械ではないので、これだけ大量の文字を書き写しているうちには間違うこともあるし、紫外線や放射線、化学物質などの影響で、もとのDNAに書かれた文字が変化したりDNAそのものが壊れてしまうこともあります。細胞には、このような間違いや壊れたDNAを修理する能力が備えられていますが(これも、DNAに設計図が書き込まれています)、中には修理できずに子孫に伝えられてしまうものもあります。また、生物自身が積極的にDNAの一部を入れ替えたりすることも知られています(同じ親から生まれても兄弟が少しずつ違っているのは、このためです)。こうした変化が長い時間をかけてDNAの中にたまっていき、その時々の環境に合わせて適当なものが選ばれた結果が、現在私たちが目にしている地球上の生命の.姿なのです。 生命を作る不思議な糸、DNAは生命をつなぐ共通の糸でもあるのです(2002年ノーベル医学生理学賞受賞者、ジョン・サルストン博士の言葉より)。 (ふじやまあさお)
|
||||||||
|