DNA 生命をつなぐ不思議な糸

もみの木動物病院 村田香織


 

DNAのモデル像(コールドスプリングハーバー研究所にて撮影)
小学校での動物との触れ合い教室

 近年大きな社会問題となっている不登校や学級崩壊、いじめ、暴力事件や殺人事件などの犯罪の数々をみていると、子供たちが日々大きなストレスにさらされながら生活していること、そして人間性のある人として成長するのに必要なこころの栄養素が何かしら欠乏していることを感じずにはいられません。その理由のひとつと考えられるのは現代の我々の生活が自然からかけ離れすぎてしまっていることです。今の子供たちは受験のために室内で机に向かって勉強する時間やテレビやゲームに費やす時間が長く、精神的な強さ、すなわちこころの病の免疫を得るために必要な実体験をする機会が少なくなっているといわれています。放課後友達と思いきり遊ぶことなく過ごす子供たちは、友達や周囲の大人たちと表面的な付き合いしかできなくなり、何でもスイッチ一つでできてしまう豊かなこの時代に生まれ育ったがゆえに、さまざまな状況で我慢するという経験が不十分です。その結果キレやすく、些細な事で攻撃的になってしまいます。またバーチャルな世界に浸り、現実の社会での生活体験が少ないために、失敗することに免疫がなく、ちょっとしたことで落ち込んだり、抑うつ状態になってしまいます。
動物との触れ合いが今の子供たちに不足している何かであることを実感したのは、私自身の娘(小学生)の友達がわが家に遊びに来たときです。多くの子供は集合住宅であるとかアレルギーがあるというような理由から動物を家で飼うことができません。その子供たちがわが家を訪れたとき、ふっとわが家の犬を膝に包み込むように抱いてあたかも別の世界にいるかのように静かに恍惚としている姿をいく度となく見たのです。その子供たちの様子は、まるで日照り続きの乾いた鉢に水を与えた時の植物のように、犬の柔らかな感触やあたたかさを夢中で吸収しているかのように見えました。

 私の専門とする分野はあくまで犬の行動学であり、子供の教育ではありませんが、根本的に子どもにしなければならない教育と犬にしなければならない教育は全く同じだと思います。それは「その個体が生涯、生活を楽しみ、苦難を克服して、周囲の個体と協調しながら生活していくために必要な学習の機会を与えること」だと思うのです。子供たちには楽しいと思うこと(つまり遊び)を思う存分に楽しむ権利があります。そのことによって人生を楽しむあるいはポジティブに考えるという人間にとって最も大切な素地ができるのだと思います。そしてその中でいろんな人と仲良くしたり、けんかもしたりしながら、他人とうまく折り合ったり、協調して生きていくために必要なコミュニケーション技術を身につけるのだと思います。幼い時期に机に向かって勉強させる時間よりさまざまな経験をすることが彼らの一生にとってどれほど大きな意味を持つかわかりません。

 人も犬も幼年期の教育はその性格形成に大きな影響を及ぼすといわれています。特に子犬では生後3ヵ月半頃まで、子供たちにとっては10歳までの間がもっとも大切な「社会化の感受性期」とされています。この時期に子供たちは、親兄弟や友達、学校の先生や周囲の人々、さまざまな動物や自然とのふれあいを通じて、命の大切さ、思いやり、正義感、自尊心、自と他などを体感体得し、社会性や主体性ある人間性を身につけていきます。今、子供たちに必要なことは、自然とふれあうこと、さまざまな生活体験をすること、試行錯誤を重ねながらも周囲の大人や子供と良い関係を築いていく機会を与えてあげることだと思います。それこそがキレやすい、傷つきやすいといわれる現在の子供に必要な教育なのではないかと私は思っています。

 残念ながら今の教育は受験のための教育が重視されるがために、子供たちは重要な感受性期に、人・動物・自然とのふれあいの機会を失う結果となっています。もちろん問題なのは受験制度だけではなく、子供たちが放課後のびのびと過ごせる場所がなくなってしまったこと、両親や周りの大人たちも忙しくて子供たちを見守ってあげる時間がなくなってしまったこと、罪のない子供を犠牲にする凶悪犯罪が後を絶たないことなども大きな問題です。こんな時代に子供を持つ親として、また社会の一員として何ができるかと考えたとき、私ができることがあるとすれば、子供たちに正しい動物の飼い方や触れ合い方を教育し、ペットが社会の一員として認められ、動物と人が本当の意味で良い関係を築き、お互いの生活を高めあうことができるよう少しでも多くの人に働きかけていくことではないかと思っています。

 1970年代にすでにさまざまな社会問題を抱えた米国を中心に始められたヒューマン・アニマル・ボンド(人と動物の絆)をめぐる研究で、人と動物と自然との触れ合いは、子供達の健康な脳の発達に不可欠であり、人と動物との双方の心身に良い影響を与えあっていることが明らかにされてきました。現在、ヒューマン・アニマル・ボンドをめぐる研究は、アメリカやヨーロッパの獣医学、精神医学、動物行動学、教育学、社会学、脳科学、児童発達学などの協力により、動物介在活動、動物介在療法そして動物介在教育に取り入れられ、教育、福祉、医療などの分野で応用されるようになっています(広い意味でのアニマルセラピー)。

(むらた かおり)

チンパンジーの母子 チンパンジーの母子
写真は日本ヒューマンアニマルボンドソサエティ(JHABs)が実施した
小学校での動物との触れ合い教室の様子です。

NPO日本ヒューマン・アニマル・ボンド・ソサエティ 会長 加藤 元   
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