「逃げない!叱らない!」


 ゾウは観察力にも優れており、飼育係どうしの会話や態度を見て上下関係を把握し、人によっても態度を変えます。したがってベテラン飼育係には従順なゾウでも、年数の浅い見習い飼育係を遊びや攻撃の対象にすることが多いのです。

 私も2頭のゾウたちにいろいろ試され「新人いびり」を受けている最中ですが、この時期に大切なことが「逃げない、叱らない」なのです。たとえばゾウが私に向かって鼻を振り上げ鼻水をかけます。その時、もし目をつむって顔をそむけたり、後へ下がって逃げたりすると、ゾウたちは「こいつは脅しに負ける弱いやつだ」と判断して、次からその弱点を突いて脅してきます。そうかといってこの時期にベテランのように叱ると今度はゾウの恨みをかいます。「何でお前に怒られなあかんねん!」長い年数をかけて信頼関係を築き、ゾウが認めたベテランだからこそ叱られても納得するのです。付き合いの浅い新入りに叱られては納得できません。従ってゾウに認められるまでは意地悪にも、ひたすら耐えるしかないのです。

 ゾウ達が様々な「新人いびり」を行うのも、私の存在が「お客さん」から「関係者」にステップアップした証。彼女たちの意図を考えると恐ろしくも思いますが、先輩キーパーたちが歩んできた試練の道に自分もようやくたどり着いたという充実感もあります。ゾウたちとの駆け引きはこれから始まるのです。

(飼育課:西村 慶太)