チンパンジーの運動場を改修しました


仮の丸太のやぐら
写真1 仮の丸太やぐら

 昨年、チンパンジーの運動場を改修しました。これまでの運動場は、擬木が何本か立っていて、その間にツタが数本張られているだけでした(チンパンジーの”生活の質” 写真3参照)。もっと3次元空間を利用してもらえるように、暑い夏には日陰ができるように、見晴らしのよいところでのんびりできるようにと、鉄骨のやぐらを2つ立て、やぐらと擬木の間にたくさんの丸太を張りめぐらせて回廊をつくりました。また、高いところへ一気に上がったり、上からすべり降りたりできるように、やぐらや擬木から地面へロープをおろしました。

 2005年9月号の“なきごえ”でもお伝えしましたが、動物は、「こんな運動場をつくってほしい」と私たちに言葉で伝えることができません。そこで、たくさんの人に手伝ってもらいながら、運動場に丸太で仮のやぐらを組みました(写真1)。チンパンジーたちにそこでしばらく暮らしてもらい、どのように利用するのか観察しました。どういうものを好んで使うのか、どういうものは使わないのか、足りないものは何か。彼らの行動を見ていると、そういったことが見えてきます。それを見ながら、これまで立ててきた計画を練り直します。その中でも非常に気をつかったのが、構造物から観覧通路や屋上の張り出している屋根までの距離です。彼らの身体能力は、ヒトとは比べ物にならないぐらい高いのです。思い切りジャンプをしたら、屋根に手が届いてしまって屋上へ上がれてしまうのではないか。振り子のように反動をつけたら、観覧通路に飛び降りてしまえるのではないか。チンパンジーたちが外に出てしまわないように、ありとあらゆる場合を想定して、やぐらの高さや角度などを決めました。

改修後の運動場
写真2 改修後の運動場

 計画を練り直した後、実際の工事をおこないました。鉄柱を地面に埋め込むための土台を作ったり、高いところで作業をおこなうためにパイプで足場を組んだりといった基礎の工事から完成まで、2週間ほどかかりました。その間は、チンパンジーたちは運動場に出られないので、室内ですごしてもらっていました。狭い室内に長期間いなければいけないうえに、毎日外から聞きなれない工事の音が聞こえてくるため、彼らもストレスがたまります。暇な時間には眠ってしまえるチンパンジーはまだいいのですが、眠れないチンパンジーはすることがなくて時間をもてあましてしまいます。「もうちょっと我慢してくれたら、今までよりもずっといい運動場ができるから」という思いで、園内で切ってきたカシなどの枝をあげたり、軍手や靴下や麻袋などの遊び道具をあげたりしていました。

 さて、2週間後に新しい運動場が完成しました(写真2)。がらっと様子の変わった運動場に、みんな警戒気味でした。においをかいでみたり、触ってみたり、かじってみたり。丸太が落ちないか心配で、丸太を渡るときには必ずどこか他の場所を握っていたり、手足でぐいぐい押してみて揺れないことを確認したり。その慎重さは見ていておかしいほどでしたが、これは生き抜いていくうえでとても大切なことです。その本能に基づく行動には感心させられました。その中で慎重さには欠けるものの積極的だったのが、当時2歳を目前にしていたレモンでした。もちろん初めは、お母さんのアップルと一緒に、そこら中のにおいをかいだりかじったりと探索してまわっていましたが、しばらくすると尻込みするおとなを横目に、すいすいタワーを登っていき、丸太を渡り、楽しそうに新しい遊び場所を歩きまわっていました。これまでの運動場では、お母さんにたよらないと移動できない場所が多かったり、お母さんが高いところへ登ってしまうとその近くには安心してのんびり座っていられる場所がなかったり、小さなレモンには利用しづらい面も多々ありました。でもこの新しい運動場では、ひとりで好きなところに行くことができ、お母さんや他のおじさん、おばさんの近くでのんびりとくつろげる場所が増えました。

真剣な表情でジュースなめをするレモン
写真3 真剣な表情でジュースなめをするレモン

 改修前後の運動場の利用の仕方の違いを科学的に分析するため、2005年の6月半ばと9月末から10月にかけて、京都大学の上野吉一さんと戸塚洋子さんにチンパンジーの行動観察をおこなっていただきました。このように、園の職員だけでなく研究者の方々などの違った視点からのご意見や科学的なデータなども参考にさせていただくことで、よりよい飼育環境をつくっていけるのではないかと思います。

 また、これらの工事と同時に、これまで少し使いづらかった「アリ塚」の改修もおこないました。野生では、チンパンジーはシロアリの巣の中に枝や葉っぱを差し込み、くっついてきたシロアリをなめとって食べています。アリの巣の中に入れやすいように、横枝を取ってまっすぐな枝にしたり、必要な長さの枝を選んだりと、道具を作って使うことが知られています。動物園では、アリ塚を模したものの中にジュースなどを入れて、この行動を再現しています。チンパンジーたちは穴の中に枝を差し込んで、その枝についてきたジュースをなめとります。このとき、枝の先をしがんでブラシ状にすると、より効率よくジュースを飲むことができます。こういった道具の作成や使用は、アップルが1番得意としています。今春で2歳半になった娘のレモンも、お母さんのすることをよく観察し、真似をしながら学習していき、今では1人で上手にジュースを飲むことができます(写真3)。毎週土、日にジュースをセットしていますので、午前中早めの時間には、たいてい誰かがジュースなめをおこなっているはずです。

「チンパンジー通心」
写真4 「チンパンジー通心」

 屋外展示場の地下通路に、「チンパンジー通心」と名付けたノートを置いています。チンパンジーを見て疑問に思ったことやすごいと思ったことなど、来園者の方々の感じたことを自由に書き込んでいただいています(写真4)。その中には、「木のぼうで・う・ん・て・いしてるのがかっこいい」「きからきへとわたっていけるからすごい」「リッキーがたかいところにのぼってたところがすごかった」、といったものがありました。新しい運動場ができたことで、チンパンジーたちの身体能力がとても高いことを来園者の方々に知っていただくきっかけにもなっていることを、とても嬉しく思っています。

(飼育課:中島 野恵)