重要なつながり
専門家としての動物園・水族館の仕事について考えること
この総会のプログラムに目を通して思ったことは、現代の動物園・水族館の役割が複雑になっていること、そしてその役割から生じる責任が複雑になっていることです。
動物園・水族館の挑戦や責任については、最近出版された世界動物園水族館保全戦略に概要が述べられており、私たちの挑戦がいかに高度なものになってきているかも示されています。専門機関として、私たちは高度な技術と特殊機材を用い、飼育動物の生理、生物学、行動に関する知識を得ることが期待されています。また関連団体とともに行う保全活動、とりわけ生息域内でのプログラムに専門知識を適用することが期待されています。
今後、幅広い分野の刺激的な研究発表が数多く出てくるだろうと期待していますが、ここで私たち自身について考えてみましょう。皆さんが本日ここに来ている理由、動物園・水族館の仕事に一生懸命取り組んでいる理由は何でしょうか−野生生物と野生地を保全するためですか?その理由はとてもシンプルなもので、おそらく多くの来園者が私たちの園館を訪れる理由と同じものでしょう。それはつまり、心の奥底では、野生生物や野生地が私たちをひきつけてやまず、その魅力が私たちの「思いやる気持ち」につながっているからです。私たちは、特定の種や動物群を守りたいと思うかもしれません。また、特定の環境や生息地や場所を守りたいと思うかもしれません。それはどれもごく個人的な感情です。少し立ち止まって「昔から持っている」その気持ちを引っ張り出してみれば、それがどんなものだったかを思い出しますし、その気持ちがいつから自分の進む道を作ってくれて、今ここにこうしているのかがわかるかもしれません。その気持ちが何であれ、それは今も私たちの中にあるのです。
動物園は、この地球上に存在する無数の多様な生命、奇妙な場所の奇妙な生物を見たい、考えたいと思う世界中の人々の気持ちを満たすため、何世紀も前に作られました。古い本には、生物がなぜ特定の姿をして、特定の行動をして、特定の場所に住んでいるのか、当時の科学で説明されています。人間という動物は、ただ食べるため、食べられないようにするためというだけでなく、真のセンス・オブ・ワンダー(驚異の念)を持って常に自然界に魅力を感じてきたようです。そして今でも心の奥底に驚異の念を持っています。世界中の動物園を訪れる6億人の来園者のすべてとは言わないまでも、かなりの人が同じ驚異の念を持っていますが、それは都会や人工的な世界での日々の暮らしの中で埋もれてしまっています。
動物園・水族館が保全という科学の面でリーダーとみなされるのは大切なことですが、本来の使命は数世紀たっても変わっていません。それは、人々の根底にある気持ちに応え、人々を野生生物や野生地と結びつける場所であるということです。はるか昔からのこうした必要性に従って、現代の動物園・水族館は進化してきており、今でも絶滅の危機にある生物とその生息地を維持し、次世代の保全活動家を教育することに情熱を傾けながら進化し続けています。
地球上の野生生物と野生地は、さまざまな方向から多くの脅威にさらされています。生息地の消失、汚染、地球温暖化はその一例に過ぎません。しかし、私たちは頭でも心でもちゃんとわかっているのです。動物園・水族館が持つパワーを駆使して、人々と野生地をつなぎ、同時に動物園・水族館が持つ人材・資源を使って「野生の」種や生息地またはその一部でも救うために何かができる、何かをすべきだということを。
すべき挑戦がたくさんあるので、私たちの園館の人材や資源を計画的に使うことが大切です。どの動物を導入するかを決める際は、私たちが助成・実施する保全研究活動につなげる必要がありますし、また教育プログラムとの関連も必要です。このように動物園・水族館のすべてのプログラム間のつながりがあれば、最終的には園館として最高の成果が達成できますし、どのスタッフもその成果に向けて集中することができます。
本日から数日間は、日本動物園水族館協会の会員機関が実施しているさまざまな研究プログラムや教育プロジェクトに関する情報を分かち合い、また世界動物園水族館保全戦略の実施について聞くことになっています。
本日はこの戦略の2つの項目について、少し時間をとってお話したいと思います。まず協同と政策、その後に倫理および動物福祉についてです。
世界動物園水族館協会では、動物園・水族館がその規模、歴史、高度性や関連する機関、部局、個人に関わらずお互いが連携することを推奨しています。
世界動物園水族館協会はまた、動物園・水族館が政府やIUCNなどの国際機関と公式なつながりを持つことも推奨しています。種の保存における動物園・水族館の役割は、ただ脅威にさらされている種の飼育個体群を健康に維持すること以上の大きなものです。今日、専門的管理が行われている動物園・水族館に期待されているのは、その人材や資源を使って、生息地を守り、人々を教育して生息地保全に関わらせることです。動物園・水族館は他の園館と協力し、お互いが連携しながら効果的に保全活動をする必要があります。生物多様性の保全に関わるすべての任務を行うには、1つの組織だけでは不可能です。動物園・水族館は、国内・海外レベルでの相互のコミュニケーションと協力を優先して行う必要があります。専門知識や資源を分かち合う方法はいくらでもあります。
繁殖プログラムでの協力、フィールドプロジェクト、国際種情報システム機構(ISIS)や動物学的情報管理システム(ZIMS)を通じた記録の共有などです。
世界動物園水族館協会はその倫理および動物福祉規定により、動物園・水族館の業務や来園者に対する飼育動物の展示方法については、動物福祉の最高基準を保つことを中核として義務づけています。地域によって倫理観や福祉に対する配慮は異なっていても、世界動物園水族館協会の倫理および動物福祉規定は、世界中の会員から認められているものです。これは、保全活動におけるパートナーだけでなく来園者が、専門的管理を行っている動物園・水族館を審査する際の共通基盤なのです。展示はプラスの感情、つまり畏敬と驚異の念、魅力、この生物が私たちの生活にとって重要であるという認識を起こすものでなければなりません。檻に入れられた動物がかわいそうだとか、さらに悪いことに野生生物よりも人間は優れていて支配者であるというような軽蔑や虐待につながる気持ちを起こさせてはいけません。来園者は、動物園や水族館に来ることで、感情面での深い学びを体験します。問題なのは、その体験が正しい認識を育み、ある人にとっては野生生物に対する情熱にまで膨らむのか、それとも動物園・水族館を訪れて、野生動物に興味はあるけれど、世の中に不要なものと感じてしまうのかということです。どんな看板やプログラムを世界中で作ろうと、貧弱な展示を消し去ることはできませんし、現実であろうと認識の違いであろうと、非人道的な扱いや常同行動、汚れた運動場やトイレも消せません。
いろいろなものが混ざったメッセージというのは、負のメッセージになります。
そして来園者と野生生物の間によい感情的なつながりを築く機会は失われてしまいます。
すべての動物園・水族館は、園館内であっても野生地であっても動物の管理人として幅広い信頼を得なければなりません。ですので、どのように動物を入手・配分するかは、園館内でどのように動物を管理しているかと同じくらい大切なことです。動物園・水族館は、動物の入手先、入手方法を説明することができなければなりません。一般的に動物園・水族館は、個体群の保全のために野生からの補充が絶対に必要である場合以外は、お互いの間で動物をやり取りすべきです。どんな状況であっても、動物園・水族館が野生動物の違法取引や不当取引に関わるべきではありません。
飼育する野生動物を管理する上での倫理・福祉問題は、常に審査と評価を受ける必要があります。これは動物園・水族館の将来、そして保全と教育に対する根本的な使命を果たすために重要です。動物園・水族館が来園者や保全活動のパートナーからの信頼を得てこそ、こうした目標を達成することができるのです。
言ってみれば、次の世代の野生生物保全活動家やナチュラリストや動物園長は、今日は動物園の中を展示から展示へと走り回り、サルに向かって変な顔をしたり、ライオンに吠えたりしているかもしれません。その次の世代は、親に抱かれたりベビーカーに乗ったりして園館内を回っているかもしれません。地球の健全性や野生生物と野生地に関する決断を行う次世代の人間は、今日、動物園や水族館を訪れています。帰宅する彼らに私たちはどんなメッセージを持たせてあげられるでしょうか?
文化は違っても私たちみんなが持っているはずの、あの深い驚異の念をあなたは今も持ち続けているでしょうか、そして畏敬の念を野生生物と野生地を思いやる気持ちにつなげているでしょうか?世界の人口がますます野生生物や野生地から隔絶した都会に暮らすようになったため、私たちみんなにあるあの驚異の念を再び揺り起こせるかどうかは、大陸や文化の違いに関係なく私たち次第です。どうか信じてください。テレビ番組やコンピューターが決してできない方法で、次世代の保全活動家たちに影響を与える力が私たちにはあるということを。展示動物を入手・飼育するために私たちが取るどんな行動も、私たちが作成するどんな展示物も来園者にメッセージを与えているということを、今日ここにいる間忘れないでください。そのメッセージは、私たちが真の保全機関として、飼育動物の健康と福祉そして健全な地球のために尽力しているとはっきり伝えていますか? 私はそうであって欲しいと願っています。
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