僕がゴーゴの担当になって1年がたちました。振り返ってみれば、初めてゴーゴを運動場に出す作業中のことです。寝室内で身を低く忍び寄り、ちょうど目線がそれた時、檻越の僕に襲いかかってきました。激しく檻を前足でガリガリと引っかく様子に「さすが猛獣やな」と恐怖心を抱いたものですが、それも、ずいぶんと前のような気がします。
ゴーゴは夏でも元気いっぱい
ホッキョクグマは地上最大の肉食獣といわれ、怖いイメージがあるのですが、ゴーゴは元気いっぱい、おもちゃで遊ぶ姿がとっても愛らしく、そういったギャップが魅力のひとつです。僕が初めて与えたおもちゃは木の棒でした。木の棒をくわえて、ご機嫌に振り回し、プールに放り投げては、それに向かって襲いかかるように飛びつきました。特に投げるのが得意なようで気に入ったおもちゃは「投げる」「飛びつく」を繰り返し、離れた場所からでも「バッシャーン、ドッボーン」と豪快な音が聞こえてきました。夏でも活発に遊ぶので、えらい元気なホッキョクグマやな〜とよくお客さんに言われもしました。
しかしそんな木の棒でも少し使い込むと飽きてしまい、新しいものをあげると、また、ご機嫌に遊びますが、丈夫な体のゴーゴは気に入ったものほど、すぐ壊し、快感にひたっているようです。おもちゃを与えては壊したり、飽きたりの繰り返しで、園内の木をよく探し回りましたが、これが「ある時」と「ない時」があるのです。ホッキョクグマは知能が高く野生下での移動距離はとてつもなく広範囲です。獲物は主に氷上のアザラシですが海に逃げ込む目標をとらえるのは様々な工夫が必要で、幼少期から母親の狩りのマネをしては遊びの中から生きる手段を学んでいきます。飼育下では心と体の健康のため、こうした遊ぶためのおもちゃなどの充実「環境エンリッチメント」が必要です。おもちゃを毎日取り換えたり、形状をかえたり、時には取り上げたりして毎日違う変化を演出するよう心がけて効果は引き出しましたが、しかし、いずれも飽きるときが訪れます。ゴーゴが気に入りそうな、いい形の木の棒の不足などで、クマ特有の同じところを行ったり来たりする常同行動も増えました。
「幸せの黄色いガス管」・飽きっぽいゴーゴにS.P.I.D.E.R

そんなころの昨年11月、「幸せの黄色いガス管」なるものをホッキョクグマファンの方が提供してくれました。これは少々のことではびくともしない黄色い円形筒なのですが、適度に重くてよく跳ね、木とはまた違った感触に好奇心旺盛なゴーゴは大変気に入り、麺(めん)打ちするように筒をゴリゴリ押したりしては一日中遊びました。また一方では投げることが好きなゴーゴに投げやすいようにカットした丸太を与え、これも大いに気に入ったようでした。このころゴーゴの額にハート形の“ハゲ”ができ、これを記念するように、双方のおもちゃにハート印を刻印しました。しかし円筒のハートはゴリゴリこすりすぎからすぐ消える羽目にもなりましたが、しかし、このようにおもちゃを交互に使うことにより一日中遊び続ける姿が多くの人に観察されました。そこで、これはすごいことではと思い、当園のチンパンジーの行動を長期に渡り観察されている福永さん(滋賀県立大学学生)に協力を仰ぎ行動をみてみることにしました。エンリッチメントを進める方法としてS.P.I.D.E.Rモデルがあります。S.P.I.D.E.Rは英語の頭文字で目標の設定→計画→実施→記録→評価→再調整を意味し、導入したエンリッチメントを改善するサイクルです。こうして得られたデータから新たな発見とアイデアが導きだされます。S.P.I.D.E.Rを繰り返すことで飼育技術が向上し、動物が健康に暮らし、観察が楽しくなるというようなサイクルが構築できればうれしく思います。飼育下のホッキョクグマは大人になるにつれ遊ばなくなるといわれています。大人になっていくゴーゴに年齢に合った多彩なレパートリーのエンリッチメントを実行できたらと思っています。
「ゴーゴのプロポーズ大作戦」と動物園の将来
ゴーゴの誕生日イベント前のことです。幸せの黄色いガス管がマスメディアにも大きく取り上げられゴーゴが注目されるなか、北海道から届いたニュースに動物園関係者とホッキョクグマファンに衝撃が走りました。今まで雄だと思われていた釧路市動物園のツヨシとおびひろ動物園のピリカ(ともに札幌市円山動物園生まれ)が実は雌だったというのです。釧路市動物園では先にいたクルミの婿としてツヨシを迎えたのですが、実はこれが雌とあっては落胆ぶりがうかがい知れます。天王寺動物園では海外の雌のホッキョクグマを探していました。現在、飼育下繁殖のホッキョクグマを海外に提供しているロシアもホッキョクグマの出生率が高いわけではなく世界中の動物園から欲しいという希望が殺到している状況下ではゴーゴのお嫁さんをロシアから導入するのは困難です。

そのような中、難航していたゴーゴの嫁さがしに思わぬところから希望の光が差し込んだわけです。こうしてゴーゴの誕生日イベント当日の2008年11月30日、宮下実園長は来園者の前で釧路市の雌のホッキョクグマ(できればツヨシ)をゴーゴのお嫁さんとして大阪に迎えたいと宣言しました。経過は現在進行中なので多くを語れませんが同年12月27日「ゴーゴのプロポーズ大作戦」と銘打ったゴーゴファン有志の署名活動が始まりました。おかげで今年の1月26日に行われた北海道の4つの動物園の園長会議までに大阪の熱い気持ちを署名として伝える大作戦は短期間にもかかわらず2万5千名も集まり、多くの署名を釧路市の皆さんに届けることができ、ニュースなどでも「ホッキョクグマの婚活」と大きく取り上げられました。現在、地球の温暖化・環境汚染による北極圏の急激な環境変化はホッキョクグマの営みに深刻な影響を及ぼし、近い将来の絶滅が危惧されています。

こうしたなか生息域外での種の保存が動物園の使命となっていますが、ホッキョクグマの繁殖は極めて難しく、今回のようにまずペア形成自体が困難な状況下にあり、また相性が重要な要素でもあるため、こうした問題は動物園同士が協力し合いブリーディングローン(動物の貸し借り)を活発化させない限り、近い将来、日本国内の動物園でも絶滅が危ぶまれると思われます。若いゴーゴには日本国内のホッキョクグマの確保という大きな期待がよせられています。今回の「婚活」は環境問題や、ホッキョクグマを取り巻く厳しい現状を多くの人と再確認するいい機会になりました。そしてこの「ゴーゴのプロポーズ大作戦」は天王寺動物園にとっても一つの目標に向かって多くの人と共に活動することができた画期的な出来事であり大いなる第一歩であったと思えるのです。
(上野将志)
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