
今では新しいパートナーもでき、すっかり元気になったナナ(右)
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人間のお医者さんには、外科、内科、歯科などなど、たくさんの専門分野があって、みなさんも怪我をしたら外科、熱があったりお腹が痛くなったら内科、歯が痛くなったら歯科へというふうに、それぞれ行く病院や病院内の科を変えていると思います。でも動物の場合は、怪我をしてもお腹が痛くても歯が痛くても、すべて同じ獣医さんに診てもらうことになります。当然、それぞれの獣医さんごとに得意な分野はあるかもしれませんが、基本的にすべての病気や怪我を診ます。それは当然動物園でも同じで、私たちは日ごろから外科医になったり内科医になったり歯医者になったり、時に産婦人科や眼科なんて項目を診ることだってあります。
しかし、最近になって今までのものに加えて対処した、動物では珍しい診療科があります。それは心療内科です。まさかこのような分野が必要になるとは思ってもいませんでした。とはいえ、動物をきっちりカウンセリングしてとか、実際に人間と同じようなことはできませんので、なんとなく対処してみた程度でしたが。
患者さんはサルでした。1頭は一緒に暮らしていたパートナーが亡くなって独りになってしまったフクロテナガザルのメスの「ナナ」、もう1頭も同じく一緒に暮らしていた母親が亡くなったブラッザグエノンのオスです。どちらのサルも元気がなくなり、展示場に出ても座ってじっとしていることが多く、やがて食欲もなくなっていきました。特にナナの場合は症状が顕著で、夕方に寝室内に置いておいたエサは、次の日になってもほとんどが残っているような状態でした。
まず私たちが考えたのは、虫歯や口の中の怪我が痛くて食べられない、お腹が痛くて食べられないといったことでした。これらを確かめるには全身麻酔で眠らせて検査するしかありません。元気がなくエサも食べていない状態で全身麻酔をすることは非常にリスクの大きいことです。でも、原因をはっきりさせないと処置もできず、元気にすることもできません。ある日、虫歯や腹痛にしては少しおかしいと個人的には思っていましたので、本当にまったく食欲がないのか、手渡しでエサをあげてみました。すると普通に手からエサを受け取って食べています。食べるしぐさも特に口の中が痛いとか、お腹が痛いとか、そんなふうには見えません。
そこで、単にパートナーがいなくなって寂しいだけなんじゃないかと疑い始めました。飼育員さんには、できるだけ日中ナナにかまってあげ、エサも手渡しで与えるようにお願いしました。私も朝の巡回の時などできるだけかまってあげることにしました。すると、ねらい通りナナは手渡しのエサを食べ始め、展示場での動きも出てきました。そうこうしているうちに、寝室に置かれたエサも食べるようになってきました。
ブラッザグエノンのオスも少しかまってあげる時間を増やすことで、徐々に元気を取り戻してきました。2頭とも今ではすっかり元気になっていますが、特にナナに関しては、新しいお婿さんもやってきて、仲良く暮らしています。
このように、動物たち、特に頭のいい動物では、時に心のケアも必要になってくるのだと実感しました。具合が悪くなったときに、少しこのようなことを考慮して治療方針を決めたり、検査をしたりしていきたいと思います。みなさんもペットが急にふさぎ込んだりした時は、精神的にショックな出来事がなかったか、少し思いをめぐらせてみてください。必要な処置が見つかるかもしれません。
(獣医師 佐野 祐介)
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