「ヘビはお嫌いですか?」


ため池と鳥

 私の勤務先「きしわだ自然資料館」のある大阪府岸和田市には、400近いため池があります。田畑の多い丘陵地には、奈良時代に作られた「久米田池(水面面積45.6ha)」を筆頭に、水面面積1haを超すため池が点在しています。大きな河川がなく、年間降水量も少ない岸和田では、農地に水を供給するためのため池が、古くからつくられてきました。

岸和田のため池(林池)

岸和田のため池(林池)

 ため池の多さは大阪府全体にもいえます。2010年4月の時点での府内のため池数は11,102。これは、47都道府県中、兵庫県、広島県、香川県に次いで、4番目の多さです。

 これらのため池は、鳥たちにとって重要な環境です。波静かな冬の池は、北から飛来したカモたちの休息地であり、稲刈りが終わり水を落とした直後の泥地が多い秋の池は、渡りをするシギやチドリ類の休憩や食料補給地、池の縁のヨシ原は、夏にやってくるオオヨシキリやヨシゴイの巣場所やツバメの集団ねぐらといったように、ため池は年間を通じて多くの鳥に利用されています。今回は、それらのなかでも、生活史のほとんどを池に依存している鳥の代表「カイツブリ」を紹介します。

 

カイツブリ(カイツブリ科)ってどんな鳥?

 カイツブリは、大阪のため池で1年中みられます。平地や丘陵地の池近くで「キリリリ!」「ケレレレ!」という、けたたましい鳴き声が聞こえたら、それは近くにカイツブリがいるサイン。少し足をとめて、そっとのぞいてください。見た目は小さなカモのようで、丸っこいのが水面に浮いていませんか。しばらく見ているといきなり水中に潜り、離れた場所にぽこっと浮き上がったりする。それが、カイツブリの特徴のひとつです。潜るのは、エサとなる魚やエビなどを捕食したり、カラスなどの捕食者などから逃れるため。池をのぞいても見つからないときは、ヨシなどの間に隠れているのかもしれません。
カイツブリは、昔から岸和田の地元民に親しまれ、50代以上の方はカイツブリのことを「じろ」「ずぼ」と呼びます。幼い頃にはカイツブリが水に潜るのを見て「ジロジロ首出すな、出したら頭に火がつくぞ」などとはやし立てたそうです。

 

岸和田におけるカイツブリごよみ

 岸和田では3月下旬からカイツブリの巣が見られます。オスメス共同で、水草や枯れ葉のほか、ビニールひもやゴミ袋の切れ端などのゴミを積み上げてつくります。水面から浮いているように見えるので「浮き巣」と呼ばれますが、私が観察する池の巣たちは、底に人工物や沈木などの支えがあるのがほとんどで、それ自体に浮力はないように思えます。巣が完成すると次は産卵です。卵の大きさは長径4cm弱で1つの巣にたいてい3~6個。産みたては白、あるいはクリーム色ですが、巣材の汁でどんどん茶色くなり、孵化直前には巣のどこに卵があるのか分からなくなります。抱卵もオスメス共同で行い、巣を離れる時には巣材で卵を隠します。

池ど真ん中に営巣するカイツブリ

池ど真ん中に営巣するカイツブリ


産卵から21~24日でヒナの誕生です。ヒナはピンクの嘴で縞模様をしています。孵化後しばらくすると泳ぎますが、体が冷えると親鳥の背中や羽の間に入ってやすみます。育雛中はつねに親鳥の後ろをついてピイピイと鳴きながらエサをねだるため、親鳥たちは何度も水に潜り、スジエビやアメリカザリガニ、小型のタモロコやモツゴなどを捕ってはヒナに与えます。動き回るエサ生物を自分で捕食できるようになると巣立ちですが、それまでに要する期間は約2ヶ月です。子育ては、春から夏にかけて2~3回といわれていますが、最近は11~12月でもヒナをつれた親鳥を見ます。秋から冬には、100羽前後の群れになって、水面面積の大きなため池のほか波の静かな河口、木材コンビナートなどの港湾内で見られます。

カイツブリ親子(山田悦三氏撮影)

カイツブリ親子(山田悦三氏撮影)

 

カイツブリの巣場所に注目!

 鳥の巣の多くは、卵やヒナを捕食者から守るため、見つかりにくい場所に作られます。カイツブリも、一般的な図鑑には、ヨシの中など見つかりにくい場所につくると書かれていますが、最近の岸和田では、池のど真ん中に堂々と作っている巣も多く見られるます。こんな目立つところにつくって大丈夫?いいえ、彼らはきちんと場所を選んでいるのです。
岸和田市内の丘陵地にある池の多くは、農地に水を供給する以外に養魚も行っています。養殖しているのは、釣魚で人気のあるカワチブナ(ヘラブナ)や、食用になるタモロコやモツゴ、釣りえさ用のスジエビなどです。もっとも高値で取引されるのはカワチブナですが、2002年頃から、このカワチブナを捕食するカワウやサギ類の侵入を防ぐため、養魚池では池の上に支柱をたてて、ネットやテグスを張り巡らせるようになりました。カイツブリはこういう構造物がある池のど真ん中、テグスやネットの支柱下に巣をつくります。このような場所では、捕食者の筆頭であるカラス類は、テグスに阻まれ容易に近づけません。

ため池の全面に張られたテグス

ため池の全面に張られたテグス


また、池の真ん中は、陸からの捕食者であるアライグマやイタチなどの哺乳類が近寄りにくい利点もあります。なお、これは検証できていないのですが、カイツブリの巣を守るのに、人間も一役かっているのではないでしょうか。カイツブリが水面ど真ん中で巣を作る丘陵地の池の堤は、ウォーキングや犬の散歩など、昼夜を問わず多くの人がいます。昼には複数でわいわいしゃべったりラジオを聞いたり、犬を連れて歩いたり自転車に乗ったり、夜はこれに加えて、各自がライトを持って照らしながら・・・。これは、捕食者にとってはちょっとした脅威かもしれません。2010年からは、カイツブリと同じく、生活史のほとんどをため池に依存している「バン」も、水面ど真ん中に巣をつくるのが確認されているので、これからもその動向に注目したいと思います。

池とカイツブリの関係

現在、ため池の数は、農耕地の減少とともに減っています。1979年から1989年の間に、大阪府内のため池は半分に減り、現在も減少し続けています。しかし、その少なくなったため池でカイツブリはいろいろな環境を利用し、身近な水辺でたくましく生きているのです。
みなさんも、身近なため池を観察してみてください。ため池は鳥だけではなく、トンボや水生昆虫、プランクトンなど、いろいろな生き物の宝庫です。自由研究などで、身近なため池の生き物を調べてみてはいかがでしょうか。

 

(かざま みほ)