ユニークな動物で有名なオーストラリアで、何が起こっているの?
オーストラリアにはユニークな動物がいっぱいです。ママの腹部にある袋で赤ちゃんを育てるコアラやカンガルーでお馴染みの有袋類もオーストラリアの動物です。カモノハシやハリモグラなどの哺乳類なのに卵を産む単孔類、森林の花粉媒介者であるオオコウモリ、熱帯雨林の植物の発芽に不可欠な飛べない鳥ヒクイドリ、世界最強レベルの毒へビやクモなど、オーストラリアの生態系に重要な役割を持つユニークな動植物が多数存在します。
大自然にあふれた幸せなイメージのオーストラリアですが、外国から持ち込まれた多くの動植物や200数十年前のヨーロッパ人の到達以来の急速な都市化が、オーストラリアの生態系にとって大きな脅威となっています。どんな事が起こっているのでしょうか?私は長年、怪我や病気のコアラたちを看病する活動をしています。ですから、まずコアラを例にお話ししたいと思います。
本当にあったコアラのお話
オーストラリアに固有の野生動物は保護の対象になっていて、各州政府の職員や市民ボランティアなどが救助を行っています。コアラの場合、必要に応じ入院して治療を受けます。回復すると元いた生息地に返されるのですが、退院しても病院に舞い戻ってきたり、死んでしまうコアラは少なくありません。「ルナ」もそんなコアラの一頭でした。
ルナが最初にコアラ病院に来たのは、ルナのような若い雄が雌を探すために最も活動的になる繁殖期(9月~1月頃)の真っ盛りでした。多くのコアラが土地開発で生息地を失うことなどのストレスによって免疫力が低下し日和見(ひよりみ)感染症を発症して苦しんでいます。ルナの場合は結膜に炎症が起き、目から膿が出ていたのを発見され救助されました。しかし、このとき既に目が見えない状態でした。
目の見えないコアラでも、自分の森の中は手に取るように分かり、何とか生きていけると考えられています。ですから、生息地が土地開発などによって激変してしまわないうちに治療して帰してあげる必要があります。ルナは若く、筋肉の状態も良かったので、早い回復と将来の森での成功を信じてすぐに目の手術を受けました。術後、目薬というものを知らないルナに点眼するのは大変でしたが、なんとか治療を続け、入院から僅か2週間で退院の日を迎えたのでした。
森に放たれたルナは、自分の住処に戻ったことをすぐに理解し木に登っていきました。「無事だと良いなぁ…」とルナが去った病室を掃除したばかりのその夜でした。ルナは食糧を求めてか、雌を探しにか、別の木に移動するために道路を渡り、自動車に轢かれてしまったのです。
ルナの森には住宅がたくさん建設されたのでした。住宅の間には道路が通り、自動車でいっぱいだったのです。比較的広い庭を持つ住民たちは庭に犬を放し飼いにしていました。飼い犬に咬まれて死んでしまうコアラもたくさんいます。ルナの森の中に後から引っ越ししてきた人間が、ルナの生活をとても危険なものにしていたのです。
でもルナを別の森へ移す事はできなかったのです。コアラは縄張り意識が強いため、他のコアラのいる森への引っ越しは簡単ではありません。だからコアラは自分の森に住宅が出来た後も、仕方なく断片的に残る木々を使ってなんとか生きているのです。その上、目の見えないルナの場合は、たとえ引っ越しできたとしても未知の環境で生きるのはとても困難です。目の回復を祈って一生懸命に治療に専念しましたが、それだけでは完全なハッピーエンドにはなりません。危険がいっぱいの場所に帰すことは、戦場に放つようなものだからです。
コアラと人間
コアラの住むオーストラリア東海岸は、人間にとっても住みやすい場所で、多くの森が伐採され都市化しています。住処であり食糧であるユーカリを失うことはコアラにとって大打撃です。オーストラリア南部を除く殆どの地域でコアラの生息数は年々減少しており、昨年にはオーストラリア連邦政府が、コアラをクイーンズランド州とニューサウスウェルズ州における絶滅危急種として登録しました。
代表的な脅威は、生息地と食糧の喪失、飼い犬、交通事故です。こうした脅威に晒されることはコアラにとって大きなストレスになります。ルナのところにも書きましたが、ストレスが免疫力を低下させ、日和見感染症を起こしてしまうコアラが多いと推測されます。多くのコアラがクラミジア(細菌の一種)感染による結膜炎や膀胱炎でコアラの病院に運ばれています。結膜炎が悪化するとルナのように失明する事もあります。また、膀胱炎が悪化して腎炎になる場合や、生殖器官にも障害を起こし子孫を残せないコアラも増えています。もちろん、ストレス以外にも病気を引き起こす原因は考えられますが、健康な体を維持するのに免疫は重要です。こうした問題の改善には、根底にある都市開発の仕方を変え、森を守るという解決策が必要です。人間は、自分たちの行動を調節できます。やりましょう!
危険を減らし、生態系のバランスを守ろう!
今回はコアラのお話から森の変化をお話ししました。最初にも述べたように、オーストラリアのユニークな動物たちは互いにつながりを持ち、生態系に大きな役割を持っています。人間社会の急速な拡大によって、コアラだけでなく森に住むすべての生物が生死に関わる影響を受け、多くが絶滅の危機に瀕しています。オーストラリアだけでも、380種以上が絶滅の危機にあるとされ、生態系全体のバランスが失われてきています。こうした問題は、自然にあふれているオーストラリアだけで起こっている訳ではありません。地球上の至るところで起こっています。すっかり森が無くなってしまった都会で忙しく生活していると、見落としたり、忘れがちになったりしてしまいますが、日本でも起こっています。これは人間にとっても大きな問題です。なぜなら、私たちの生活は自然環境の中にあるからです。様々な国や地域で野生動物保護や環境保全にどのように取り組まれているのか、良い点や悪い点を知ることは身近な環境改善やバランスの取り方を見つける上で有益だと思います。動物園に来たときにも、ふと思い出して考えるきっかけにしてもらえれば、動物園の仲間たちも嬉しいのではないでしょうか?
《参考資料》 EPBC Act List of Threatened Fauna
(ひらの としみ)
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