「ゾウを叱(しか)る飼育係」
天王寺動物園でのゾウの飼い方は、飼育係がゾウと同じ所に入って接しながら世話をする直接飼育という方法です。
ゾウをなでて褒めてあげたり、かゆい所を熊手(くまで)でこすってあげたりできますが、いけないことをした時はたとえお客様の前でも大声で怒鳴りつけたり調教棒で殴ることがあります。「お客様の前なら何をしても怒られない」そういう例を作ってしまうと、いずれは飼育係のいうことを聞かず手におえないゾウになってしまうのです。
やさしいゾウさんを殴っていじめる飼育係、お客様からはそう見えるかもしれません。でも、もし私たちが楽しみや憎しみでゾウを殴る飼育係だったら、叱(しか)りに行った時点でゾウたちに攻撃されているでしょう。ゾウは誰(だれ)にでも黙って殴られるほど大らかなお人よしではありません。ましてや頑固でプライドの高い春子や、攻撃的な一面を持つラニー博子が安易な暴力を許すわけがありません。彼女たちは人間が小さくてもろい生き物だということも知っています。私たちが棒で力一杯殴っても、ゾウの肌には傷ひとつ付けることもできないのです。
ヒトの世界の平手打ち(いわゆるビンタ)を考えて下さい。いきなり知らない人に叩(たた)かれたり、普段の自分の姿をろくに知りもせず、たまに来て悪い所ばかり叱(しか)る嫌な人から叩かれても腹が立つだけではないでしょうか。でも普段自分のことを理解し大切にしてくれる大好きな人に叱(しか)られ叩(たた)かれるとどうでしょう。すごく心が痛むと思うし、考えると思うのです。
ゾウも同じです。人間が棒で殴った痛みなど何ともないのです。ただ棒を通して何を伝えるかが大切なのです。ゾウを大切に想う気持ちと共に、ゾウたちからの信頼がなくてはなりません。怒りや憎しみで殴ればたちまちゾウに恨まれ攻撃される恐れがあります。
私たちがゾウを一回叱(しか)るには、その何十倍もの愛情を注ぐ必要があるのです。気配りを褒めてくれた。かゆい所をかいてくれた。つらい時にそばにいてくれた。日頃(ひごろ)たくさんの愛情をかけるからこそ、ちっぽけな人間が叱(しか)った時に従ってくれるのです。叱(しか)る時に必要なのは冷静さです。「ごめんなさい」のサインを出したら止める判断が大切。怒りで殴ると反撃を受けます。

ゾウの調教棒。誠意や愛情を持って使います。
ごう慢な心や憎しみで使うと数百倍になって返ってきます。
そして言うことを聞いてくれたらたくさん褒める。私たちは最後には必ずゾウを褒めて終わるのです。 ゾウへの愛情なくしてゾウを(しか)ることはできません。飼育係の必死の下積みがあって初めて叱(しか)ることもできるのです。
(飼育課:西村 慶太)
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