ポイント
◇チュウゴクオオカミでは初めてとなる鼠径ヘルニア治療の報告
◇「鼠径ヘルニア」の典型的な所見が認められなかった稀なケースで、「会陰ヘルニア」と誤診しかけたが、連携協定を結ぶ大阪公立大学獣医学部の協力も得て、適切な診察により正確な診断・処置ができ、完治に至った
概 要
以前のブログで紹介しました、チュウゴクオオカミの楽楽に発症した鼠径ヘルニアの外科的治療について、本園職員が執筆した論文が、「動物園水族館雑誌」Vol.64,No.3(2022年12月)に掲載されました。
会陰ヘルニアは、骨盤隔膜の破綻(直腸壁を支持する骨盤隔膜を構成する筋組織が委縮したり菲薄化することで生じる)により腹部内容物が骨盤隔膜と直腸の間に脱出する状態をいいます。脱出内容は肛門の腹側、背側側あるいは腹外側皮下に逸脱するため、一般的に会陰部に腫脹が認められ、その治療は骨盤隔膜の再建*により行われます。最初の診たては会陰ヘルニアを疑い、治療方針(手術手技など)もそれを念頭に想定していました。
*骨盤隔膜構成筋を縫縮する基本的な方法をはじめとして、内閉鎖筋転位術、浅臀筋転移術、半腱様筋転位術および浅臀筋転位術と内閉鎖筋転位術の併用、総鞘膜を利用した骨盤隔壁再建術や人工材料を用いたメッシュ法、キチンフェルト法などが臨床応用されています。
いっぽう鼠径ヘルニアとは、鼠径輪の欠損から腹部内容物が脱出し、文字通り鼠径部(足の付け根)に膨隆が認められます。この二つのヘルニアは解剖学的な筋肉の構成や手術手技が全く違うため、外科的な治療*を行う上で、正確な診断がとても重要です。
*鼠径ヘルニアの外科的治療は腹腔内容を還納してヘルニアの再発を防ぐため、ヘルニア孔を閉鎖することで修復を図りますが、前縫工筋弁や合成のメッシュを用いる方法があります。
今回、写真のように会陰部に腫脹が認められたため、所見からは会陰ヘルニアと診たてていました。治療もそれを念頭に計画し、準備もしていたのですが・・・
Dr. White的に言うと、「それ、誤診です!!」だったわけです。
そのため日を改め、大阪公立大学獣医学部付属 獣医臨床センター 軟部組織外科の協力のもと、論理的な過程に基づく適切な診察を行ったことが正確な診断・処置に結び付きました。鼠径ヘルニアでは腸や腸を覆う脂肪組織、卵巣、膀胱などが腹壁に生じた欠損部を通して脱出します。脱出した内臓がはまり込んで元に戻らなくなり(ヘルニア嵌頓)、腸閉塞などを起こすことがあるため、場合によっては命にかかわるような危険な状態になることも考えられましたが、術後合併症もなく良好な予後を得ており、完治に至ったと判断しています。
掲載誌情報📚
【発表雑誌】動物園水族館雑誌 第64巻 第3号 2022年12月(公益社団法人 日本動物園水族館協会)
【論文名】チュウゴクオオカミに発症した鼠経ヘルニアにおける外科的治療例
【著者】安福 潔(天王寺動物園), 平田 翔吾(大阪公立大), 佐野 祐介(天王寺動物園), 小川 由華(天王寺動物園), 図師 尚子(天王寺動物園), 秋吉 秀保(大阪公立大)
参考情報
大阪公立大学Webサイト(HOME > 最新の研究成果 > チュウゴクオオカミで初めてとなる鼠径ヘルニアの治療に獣医学研究科の秋吉教授らが協力)